奨励賞 歴代受賞者のコメント

2024年度 第34回 奨励賞

大原 天青 氏
2024年度奨励賞を受賞して

 この度は日本心理臨床学会奨励賞を賜り、大変光栄に感じております。同時に名誉ある賞に恥じぬよう身の引き締まる思いです。選考委員の先生方、査読者の先生方、これまでご指導いただきました多くの先生方、共同研究者の先生方、共に実践に取り組んできた同僚、そしてこれまで出会った子どもや保護者の方々に深く感謝いたします。
 対象となった論文は、非行や行動上の問題を抱えた少年が、家庭から離れて生活する児童自立支援施設という場で、寮担当職員や精神科医とともに取り組んだ実践についてまとめたものになります。児童自立支援施設に入所する子どもの多くは、行動上の問題を抱えた加害の側面と、過去に目を向ければ被害の側面を抱えている存在でもありました。同時に子どもの加害は養育者にとっては被害の側面が、子どもの被害の側面は養育者の加害の側面があるという反転した関係にあることも見えてきました。
 非行臨床に取り組むようになり、先人も指摘していたこの視点を複数の子どもと家族を通して実感するようになり、試行錯誤する中で働きかけの方法を模索してきました。その一つが「個人の内面」と親子の「関係性」の両面からアプローチすること、そして家族・地域・社会への再統合を目指す試みでした。こうした実践から個人心理臨床と家族療法、ソーシャルワークの繫がりを検討することにもその関心は広がっていきました。
 今回の受賞を励みに、今後も実践と研究と教育に精進し、心の内面から社会・文化的側面を含む様々な次元における実践と学問への貢献ができるように努力を重ねていきたいと思います。この度の受賞について、重ねて深くお礼を申し上げます。


2023年度 第33回 奨励賞

田中 健史朗 氏
2023年度奨励賞を受賞して

 このたびは奨励賞という名誉ある賞を賜り,大変光栄に存じます。これまでご指導いただきました先生方に深く感謝申し上げます。
今回受賞の対象となった論文は、「カウンセラーの自己開示」の効果を実証的に検証した研究です。小学校の教師になることを志していた学部生時代に自己開示研究に出会いました。このときは社会心理学における自己開示研究に関心があり、友人間での自己開示について卒業論文を執筆しました。その後、多様な背景を抱える児童生徒を支援したいと考え、臨床心理士を志した大学院修士課程から「カウンセラーの」自己開示研究に取り組むようになりました。しかし、「自己開示は禁忌」、「私はカウンセリングのなかで自己開示はしない」などのコメントを頂戴することも多く、このテーマで研究を進めることに意味はあるのかという葛藤を抱えつつ、博士論文まで辿り着くことができました。指導教員の多大なるご指導により執筆できた投稿論文の審査を通して、査読者の先生方からこのテーマを研究する意味について貴重なコメントを頂戴することができ、最終的に心理臨床学研究に採択されたことが大きな支えとなりました。今回、それらの論文を改めて評価いただけたことは、今後の研究活動および臨床活動の何よりの支えとなると思います。本当にありがとうございました。


富田 悠生 氏
2023年度奨励賞を受賞して

この度は心理臨床学会奨励賞に選出していただき,大変光栄に存じます。これまでご示唆やご指導を下さった先生方に厚く御礼申し上げます。心理臨床学会で初めて研究発表をしたのは,2009年に東京国際フォーラムで行われた第28回秋季大会でした。私はそこである境界例女性との心理療法に関わる事例研究を発表したのですが,そのときのテーマもまた今回受賞対象となった論文のキーワードと同じ逆転移でした。当時,私は精神科病院で仕事をしていました。入職当初,経験も学識も浅かった私は文字通り臨床状況に翻弄され,もがいていました。目の前の患者さんをどう理解すればいいのか分からず,とにかく必死だったことを覚えています。思い返すと私にとって逆転移の吟味は,臨床状況から少し離れて観察し,思考するいわゆる第三の立場の獲得と関連しているようです。何かと視野が狭く思い込んでしまう傾向がある私には,きっとこの方法が合っているのでしょう。病院での日々が臨床家としての私の礎をつくってくれたことは疑いありません。
患者さんへの理解という観点からみると,実践と研究は近似のもののように感じられます。私にとって臨床研究は先人の知を借りながらそこに僅かに治療者なりの知を加え,患者さんのこころを少しでも理解しようとする過程を記述したものです。そこからある一般化された考え方を導きだそうと試みるわけですが,それでもやはり基盤は目の前の患者さんとの経験にあります。
臨床経験20年弱となった今でも,面接中あるいは面接後に患者さんのことが少し分かったと思うときは嬉しく思います。それがその後,幾度となく塗り替えられていくであろう仮説に過ぎなかったとしても,「今日は少し分かったな」というときは何かを発見したような興奮を覚えます。この「少し分かった」が積み重なり,一定の年月を要してしまうのですが,「おおよそ分かった」に到達します。そのときには治療に何らかの展開が生じているでしょうし,また同時に治療者は何らかの理論や概念を携えていると私は思います。臨床と研究は分かち難く重なっています。
論文は,査読者の先生方との対話から生み出されています。多忙の合間を縫って査読を引き受けてくださった先生方に深謝申し上げます。最後に,日頃から私の臨床実践と研究を支えてくれる妻とふたりの息子に感謝の意を示したいと思います。


生田目 光 氏
2023年度奨励賞を受賞して

この度は日本心理臨床学会奨励賞を授与していただき,心より感謝申し上げます。身に余るような名誉ある賞をいただくことができたことを大変光栄に思うと同時に,臨床と研究へより一層真剣に取り組まなければと思いを新たにいたしました。
受賞の対象となった論文は,国立精神・神経医療研究センターおよび精神科クリニックで病院臨床に携わり,摂食障害の方々を対象とした心理療法に取り組んだ経験から着想を得たものです。論文では,従来の研究では光が当てられてこなかった,食行動の適応的側面や3種類のコンパッションに焦点を当てております。これらの論文が今後の臨床実践の発展に少しでも寄与できれば嬉しいです。
当該論文をまとめるにあたっては,多くの方々のご支援をいただきました。特に,私が研究を行う上での指導や助言をしてくださった先生方には深く感謝しております。査読の過程では,査読者の先生方に非常に丁寧にご指導いただき,たくさんの貴重なご示唆をいただきました。また,研究に参加してくださった方々にも,心からの感謝の意を表します。この賞をいただいたことを励みに,今後も臨床と研究に誠実に取り組み,社会に貢献することができるよう精進してまいります。重ねて,この度の受賞に,心より御礼申し上げます。


水貝 洵子 氏
2023年度奨励賞を受賞して

この度は、奨励賞という大変名誉ある賞を頂きまして、誠にありがとうございます。畏れ多い気持ちと伴に、身が引きしまる思いでいっぱいです。
対象論文は,過敏性腸症候群に悩む大学生との動作法による面接過程での模索や工夫をまとめたものです。学生相談室室員の皆様、クライエントの方々に感謝申し上げます。
また、これまでの臨床や研究の実践において、多大なるご指導を賜りました2名の恩師の先生方に感謝申し上げます。
針塚進先生には、大学3年生からご指導賜りました。先生のゼミに入り、動作法キャンプに参加するようになりました。右も左も分からず緊張と不安で固くなっていたうえに、至らないところも多々あったわたしを温かく見守ってくだいました。現在まで動作法を続けてこれたのは、先生の温かなお人柄とご指導のおかげです。
古賀聡先生は修士課程の時から動作法キャンプ等でのスーパーバイザーとして、博士課程からはゼミの先生として、現在まで多くのご指導を賜りました。また、本論文をまとめるにあたり、先生に多くのご示唆を頂戴しました。論文の執筆を何度も諦めかけましたが、先生の温かく熱いご指導のおかげで最後まで執筆することができました。
さいごに、大学院生の時から現在まで動作法を続け、多くの学びや成長する機会を頂けたのは、夜須高原福祉村「やすらぎ荘」という場所があったからと思います。「やすらぎ荘」でお会いした皆様(職員の皆様、トレーニー、保護者の皆様、ご指導いただいたスーパーバイザーの先生方、切磋琢磨したトレーナーの皆様)に感謝申し上げます。
今回の受賞を励みに、今後も精進して参りたいと思います。ありがとうございました。


山口 貴史 氏
2023年度奨励賞を受賞して

この度は日本心理臨床学会奨励賞という栄誉ある賞をいただき、心より感謝申し上げます。
「こんな論文、査読に通るのだろうか」。
今回受賞した2つの論文(「親面接」と「超低頻度」に関する論文)を投稿する前の私の率直な心境です。というのも、私が専門としている精神分析的心理療法の学会でも、私が働いている児童精神科領域の学会でもこれらの論文が受理される可能性は極めて低く、すがりつくような思いで心理臨床学会に投稿したからです。ですので、まさか自分が賞をとるなどとは想像していませんでした。
賞をとれたことはもちろん感謝しておりますが、多種多様であるという臨床のリアリティを重視し続けている心理臨床学会の文化と、それを築き守り続けてきた諸先生方にも感謝をしております。時代の変化とともに柔軟に変わりつつも、この大切な文化を絶やさぬよう、微力ながらも貢献していけたらと考えております。
これからも私の生業は臨床中心であり続けるでしょうが、その臨床を豊かにする研究も細く長く続けたいと改めて決意する機会にもなりました。臨床現場に「既にそこにあるもの」を言葉にすることは骨が折れる作業ではありますが、決して飽きることのない、人生を賭ける価値のあるものだと思います。
これまで私を支えて下さった方々、そしてたくさんのことを教えて下さったクライエントの方々に心より感謝いたします。


2022年度 第32回 奨励賞

管生 聖子 氏
2022年度奨励賞を受賞して

この度は、日本心理臨床学会奨励賞という身に余る賞を頂き、誠にありがとうございます。驚きや嬉しさと同時に背筋の伸びる思いでおります。
賞を頂いた論文は、語られることが決して多くない人工妊娠中絶という喪失体験をテーマとしたものです。論文としてまとめるにあたり、これまで行ったことのある共通項を抽出する方法では文脈の中での意味を帯びた体験がこぼれ落ちてしまうように感じていたため、そのこぼれ落ちてしまう大切な部分を描写したいという思いから、一人の母親の語りを現象学的手法によって分析しました。様々な意味で語ることが難しいご自身の大切な体験や想いを語って下さった方に少しでも何かお返しできればというのが私の論文執筆のモチベーションでもありました。査読をして下さった先生方は本当に根気強く丁寧に私の論文を見て下さいました。自分では気付くことが出来ない視点を多く下さり、お顔は見えないながらも対話をさせて頂くような思いでした。また、語られない喪失が語られ、そこに光が当てられたのは、これまで丁寧に道を作っていらした多くの心理臨床に携わる先人がいるからこそだと思います。私を育ててくれるクライエントさんたち、ご指導くださった先生方、ともに揺れ支えてくれる臨床や研究を共にする仲間、関わる全ての方々に深謝いたします。賞を頂いたことを励みに、今後も精進したいと思います。


廣瀬 雄一 氏
2022年度奨励賞を受賞して

この度は学会奨励賞という大変栄誉ある賞をいただきまして、誠にありがとうございます。これまで私に貴重なご助言、ご指導をいただきました先生方、先輩方、またともに働いた同僚、ともに学んだ同輩諸氏に、心より感謝申し上げます。
いま私自身は受賞の喜びと、少なからぬ戸惑いが入り混じった、複雑な心境でもあります。この度の受賞論文は精神科リワークにおける心理臨床実践について述べたものでした。その実践は、復職支援に取り組むために構造化された臨床の場、クライエントさんの真摯な努力、私に限らない多くのリワークスタッフの日々の仕事、復職先の上司や同僚のご協力などの、様々な要素や力の結集です。そこで私が果たした役割はあまりに微力であると考えますので、私個人が賞をいただく形になることに気が引ける思いがあります。
もうひとつ感じておりますのは、おそらく受賞論文で示したような臨床的営みは、いまも全国各地の精神科リワークで日々取り組まれている心理支援と比べて、特段の差はないありふれたものなのではないかということです。それぞれのリワークにおいて現在も、幾多の尊い臨床的努力が重ねられ、質の高い支援が展開され続けているはずです。ただそれらのほとんどが、現場の多忙な時間の中に埋もれ、スポットライトが当たらないままになっているだけなのだと思います。私の論文は、そのような中で偶然の巡り合わせが重なって論文という形になり、発表されるに至ったにすぎないものと思わずにはいられません。
奨励賞とは文字通り、さらに励むことを奨めるということを意味するのだと思います。そのことを忘れず、これからも自分なりに精進して参りたいと思います。この度は本当にありがとうございました。重ねて御礼申し上げます。


吉沢 伸一 氏
奨励賞受賞の辞

この度は奨励賞を受賞させていただき、誠に嬉しく思います。選考委員の先生方には感謝申し上げます。
私が臨床心理士になるために大学院に入学したのは、臨床心理士指定大学院制度が立ち上がりまもなくの頃でした。当時の私のアイデンティティはバックパッカーでしたので、そんな者が大学院に入学し、私の出身大学院である青山学院大学の当時の先生方は、どうしたものかと困られたに違いありません。私の修士論文の一部には、私がインドを旅しながら、同じく旅をする青年にインタビューをする研究も含まれていました。研究という名目で、私自身の願望を満たしていたようです。あれから18年という歳月が経ちましたが、このような賞を受賞できましたことは、私が曲がりなりにも心理臨床の道を歩んできたことを当時の先生方にご報告できる機会となるのではないかと思い、ほっとしております。
思い起こせば、私は大学院卒業後1年目から心理臨床学会で事例発表を幾度となく行ってまいりました。多くの先生方にコメントをいただき鍛えていただいたと思っています。はじめて発表したのは5回で中断した事例でした。初心の私には何が起きているのか分からず、より理解したいという思いから発表しました。その後も発表を続け、『心理臨床学会研究』に投稿していきました。受賞対象は3つの論文ですが、それと同じくらいリジェクトされた論文もありますから、かなり多くの査読者の先生方にお世話になったのだと思います。事例をまとめて学会で発表する経験、さらに論文にまとめて投稿するプロセスから、臨床での実践を俯瞰して考える一方で、情緒的に巻き込まれながらも粘り強く取り組むことの重要さを学ばせていただきました。
このように考えますと、私は、本当に多くの心理臨床学会に所属している先生方に育てられてきたのだと感じます。受賞対象である3つの論文は、大学院卒業時と相も変わらず、いったい何が起きているのか分からない、という自分の苦悩を消化するため、あるいは探求するために書かれたもので、統一したテーマがそこにあるわけではありません。しかし、意図せずにも通底している要素があるようです。心理臨床や心理療法の中では「分からなさに持ちこたえること」が重要だとよく言われますが、いったいそれはどういうことなのか、「わかる」とはいかなることなのか、私自身の経験を通してそれらについて考えてきたことが、結果として論文という形で結実しました。
この「分からなさに持ちこたえること」は、多くの臨床家の先生方が日々取り組んでいることかと思いますが、本当に大変なことで、決して一人でやり抜けることではないと思います。私は、多くの指導者や仲間・同僚、そして心理臨床学会というコミュニティに支えられて、何とかここまで臨床を続けてこられたのだろうと感じています。
このように多くの方々に助けられながら、魅了された心理臨床という世界に迷い込み、右も左も分からない中を何とか歩んできました。「移行空間としての旅」の中で、「自分とは何か」を探し求め放浪していた若かりし頃の私は、その後、心理臨床という世界においてもある意味では放浪し彷徨いながら、様々な経験の学びの中で「心理臨床家とは何か」「セラピストとは何か」を探し求め、考え続けてきたのだと思います。そして、気が付けば、私は心理臨床の世界に足を踏み入れた若手の育成に携わるようになっていました。私が、心理臨床学会というコミュニティに支えられたように、今度は私自身がそのコミュニティの一員として私なりにできることで寄与したいと考えています。そのような思いから、前回の心理臨床学会の代議員にも立候補させていただきました。
昨今、公認心理師の誕生により、臨床心理士のアイデンティティが問われ、社会的にも、個人的にも、いかに共存していくのかが大きな問題のひとつとなっているように思います。このような現状で、私は、先達の方々がつくりあげてきたものを大切にしながらも時代の流れを見据え、それぞれの臨床家が、それぞれの専門性をもち、切磋琢磨しながらも互いに支え合い刺激し合えるコミュニティのあり方を益々考えていきたいと思うようになりました。
奨励賞の受賞の報告を受け、私なりに歩んできた道のりを振り返る機会となりました。これを機に、より一層精進していきたいと思います。これまで私を支えてくださった多くの先生方、そして沢山のことを教えていただいたクライエントの方々に心より感謝申し上げます。


2021年度 第31回 奨励賞

田中 崇恵 氏
2021年度奨励賞を受賞して

この度は日本心理臨床学会奨励賞を授与していただき、誠にありがとうございます。大変光栄に思うと同時に、身の引き締まる思いです。なにより日々、心理臨床の道を共に歩むクライエントの皆様、ご指導いただいてきた先生方、共に学ぶ仲間の皆様に心より感謝申し上げます。
今回、受賞の対象となった論文は学生相談における卒業の意味を新たに捉え直すという意図でまとめた事例研究です。私は臨床心理士の資格を取得して以来、学生相談と精神科クリニックの2つの臨床分野でずっと臨床をしてきました。それぞれの分野で特徴があり、いろいろな発見や考えさせられる事柄が多く、常に臨床から刺激を受け、学び、それを言葉(研究)にしていくということをゆっくりゆっくりと続けてきた様に思います。今回の拙論もその1つでありました。
心理臨床の現場では、クライエントはもちろん、セラピストである私自身がこれまでの思い込みや価値観をひっくり返され、もがき苦しみながらも、生きていくためにまた新たな意味を紡いでいくという営みを繰り返している様に思います。それは苦しいながらも非常に創造的な歩みであるといつも感じています。今回の拙論もクライエントとの歩みの中で発見し、考えてきた新たな「卒業」の意味をまとめたものですが、それを他の先生方にも伝えることができたということを素直に嬉しく思っています。心理臨床は基本的にはクライエントとセラピストの中だけで進んでいきますが、それを論文という形で第三者に伝え、そして評価をしてもらうということは、自分にとっても励みになり、またしっかり臨床に向き合っていこうという思いを強くするなと改めて思いました。いつもクライエントの皆様の力に驚き、それにひたすら食らいついていっているだけなのですが、研究という形で皆様の生き様を伝え少しでも恩返しができればと思います。まだまだ未熟な臨床家、研究者ではありますが、ますます専心して臨床の道を這いつくばって進んでまいります。この度は本当にありがとうございました。


2020年度 第30回 奨励賞

大河内 範子 氏
2020年度奨励賞を受賞して

この度は、日本心理臨床学会奨励賞を授与していただき誠にありがとうございます。
賞をいただいた論文は私自身の膠原病患者としての体験をもとに、患者のもつ心理的困難を言い表す言葉を探しながら記していったものです。膠原病患者の心理的困難は非常に入り組んでいるうえ、その様相は日々変化していきます。このため患者は周囲の人から理解されることをある程度あきらめることで身体的・精神的なバランスをとっています。幼少期に発症した私にとって膠原病患者ならではの思考方法はあまりに親和的で、客観的な言葉を見出すことができるとは到底考えられませんでした。そんな中、この研究を導いてくださった先生方は指導者・指定討論者・査読者といったお立場としてだけでなく、臨床家として、私が体験を言葉にしていく過程に寄り添ってくださいました。この論文で提言したサポート・グループの形は先生方のご姿勢を映し出したものであるように思われます。すなわち「できるかぎりその人のペースに合わせ、できる限り目標や評価軸を持たず、“その人自身である”ことを守り、気づく過程を支える」というご姿勢です。先生方の「研究は楽しみましょう」という一貫したメッセージは、私が狭い枠にとらわれず自由に支援方法を模索することを可能にしてくださいました。
膠原病ということ以外にも、私はいくつものテーマを持っています。膠原病の心理的支援に取り組み始めるまで10年以上かかったのはそれらの重要なテーマを見つめていく必要があったからです。臨床の営みの中で目の当たりにしたクライエントたちの気づきとしての言葉は、私の無意識を前意識に移してくださいました。お世話になった先生方、これまで出会ったクライエント、サポート・グループメンバーの皆様との時間が賞をいただいた論文の中に凝縮されています。皆様との出会いを忘れず、いただいた賞を励みに、より一層支援の道を模索していく所存です。
末尾ではございますが、この論文を記す過程でご指導くださいました野島一彦先生、井村修先生、田村節子先生、高松里先生、松浪克文先生、上瀬大樹先生、満山かおる先生、根津克己先生、神田橋條治先生、そしてこの取り組みのささやかな芽をつぶさず成長に導いてくださいました査読者の皆様、支えてくださった多くの先生方や仲間たちに心より感謝申し上げます。


櫻本 洋樹 氏
2020年度奨励賞を受賞して

このたびは日本心理臨床学会奨励賞という大変名誉ある賞をいただき、身に余る光栄です。これもクライエントの皆様、職場の仲間、恩師の諸富祥彦先生をはじめ、これまで私と関わってくれたすべての人たちのおかげです。
このたび賞をいただいた論文は、セラピストが自分自身のこころに開かれたあり方を「セラピストが自身のフェルトセンスに開かれたあり方」のことであると仮定し、そうしたあり方が実際に治療的なものであるのかについて検討を行ったものでした。その結果、クライエントが自身のフェルトセンス、つまりこころに開かれるようになっていくには、まずはセラピストが自身のフェルトセンス、つまりこころに開かれていることが大切であるということが明らかとなりました。
当たり前と言えば当たり前で、つまり本論文は、ふつうで平凡な論文であるということです。それにも関わらず、このようなふつうで平凡な論文が賞をいただいたということは、セラピストが自分自身のこころに開かれていることが大切であるということは、昨今の心理臨床においてはそれほどふつうのことではないのかもしれない?このようなふつうで平凡な論文が賞をいただいたということには、我々セラピストに対する学会からの何かメッセージのようなものが込められているのかもしれない?などと勝手ながら考えたりしています。
ユージン・ジェンドリンは、どんなことも、フェルトセンスと相互作用することによってのみ意味を持つと述べています。本論文では、フェルトセンスをこころの一側面を反映した概念と仮定しましたが、それを踏まえるなら、どんな意味も、こころによって生み出されていると言えるのかもしれません。また、エトムント・フッサールも述べているように、事実だけではなく意味を持つところに人間の尊厳はあるのではないかと思われます。同じ事実でも人によって感じられる意味は異なり、そうした意味の違いにこそその人らしさというものがあり、人間の尊厳があると思われます。意味を生み出しているのが人間のこころ、そしてフェルトセンスだというのなら、人間のこころ、そしてフェルトセンスは、我々人間が持つ無形の富であると言えるのかもしれません。本論文はこころ、そしてフェルトセンスという無形の富の大切さを再確認したものとも言えるのかもしれません。
なお、セラピストのフェルトセンスを臨床に活用するという考え自体は、フォーカシングを研究されている先生方によって既に提示されているもので、私のオリジナルではありません。ですので、このたびの賞は私個人ではなく、私が代表していただいたものであると思っています。道を切り開いてくれたすべての先生方にこころから感謝を申し上げます。
最後になりますが、今後もクライエントの皆様と心理臨床学の発展のために微力を尽くして参ります。ありがとうございました。


中西 陽 氏
2020年度奨励賞を受賞して

この度は,心理臨床学会の奨励賞をいただき,誠にありがとうございます。思いがけない受賞に非常に驚いたのと同時に畏れ多さを感じました。また,より一層,臨床活動,研究活動に尽力しなければと身の引き締まる思いがいたしました。
今回,奨励賞授与の対象となった研究論文「自閉スペクトラム症児のための社会的スキル尺度親評定版の作成」は,私が大学院の修士課程で行った研究をまとめたものです。臨床心理士を志し,大学院で勉強された皆様には共感していただけるところがあるかと思いますが,授業と臨床実習に目が回るような忙しさの中で,修士論文も執筆しなければいけない,そんな慌ただしくも濃密な時間の中で執筆した論文であり,非常に思い入れのある論文でありました。また,本論文は,尺度の開発に関するものであり,それ以降の私の研究活動において出発点となるものでもありました。そのため,このような形で評価していただけるのは,門出に立つ私の背中を押していただいているような,そんな気持にもなりました。大学生の頃に発達障害のある子どもの心理社会的不適応に対して問題意識を持ち始め,これまで自分なりに勉強をしてきたつもりでしたが,いざ教育現場や発達相談の場で子どもたちや保護者の方と関わると,自分の無知や経験不足を実感する日々です。今後も実践経験を積むと同時に,様々な現場で活用できる知見を生み出せるよう研究を重ね,一人でも多くの子どもの笑顔に貢献できるよう取り組んで参りたいと思います。
また,発達障害,特に自閉スペクトラム症の子どもの支援に携わる多くの現場で,ソーシャルスキルトレーニングが導入されていることと思いますが,どのように支援の効果を評価するとよいかわからない,評価方法がわからないので本当に支援が役立っているのか定かでないと感じておられる先生方もいらっしゃるのではないでしょうか。この度の受賞を機に,より多くの臨床心理士の先生方に,今回開発にいたった「自閉スペクトラム症児の社会的スキル尺度親評定版」を用いたアセスメントにも注目していただければ幸いです。
最後になりましたが,この度の奨励賞受賞は,同志社大学心理学部 教授 石川信一先生のご指導なしでは決して得られるものではなかったと思います。ここまでご指導いただき,大変ありがとうございました。この場をお借りして深く感謝申し上げます。


西坂 恵理子 氏
2020年度奨励賞を受賞して

この度は、栄えある賞をいただき誠にありがとうございます。受賞の知らせをいただいた際には、あまりにも思いがけないことでしたので大変驚くとともに震えさえ感じました。
大学4年生のとき、ゼミの先生から勧められた1冊の本を読んで「私の知りたかったことがここに全部書いてあるではないか!」と感じた衝撃を今でも鮮明に覚えています。実際、そんなことはあり得ないと思うのですが、駆けだしの若い私にはとても大きな出来事でした。これが私にとっての心理臨床の原点といえるかもしれません。この体験がなければ、学び進む方向が変わっていたかもしれませんし、臨床について多くのことを教えていただいた先生方や一緒に学ばせていただいた方々に出会うこともなかったと思います。また、受賞の対象となった論文を書くこともできなかったと思います。このような出会いの積み重ね、そして、そこから得られる刺激や学びを大切にしながら今後も精進してまいりたいと思います。
最後になりましたが、ご指導いただきました先生方に改めて深く感謝申し上げます。また、日々いろいろなことについて感じ考える機会を与えてくださるクライエントの皆様にこころよりお礼申し上げます。

2019年度 第29回 奨励賞

安達 知郎 氏
2019年度奨励賞を受賞して

このたびは奨励賞という名誉ある賞をいただき、ありがとうございました。
私はこれまで東北地方に住み、東北地方で心理臨床、研究を行ってきました。そのような私にとって、日本心理臨床学会は、日本全国の心理臨床家が集まる特別な学会でした。日本心理臨床学会には入会以来、毎年、大会に参加し、研究発表も何度も行ってきました。しかし、ここ数年は大会に参加することからも、研究発表を行うことからも足が遠ざかっていました。振り返ってみると、大会から足が遠ざかるようになったのは、2011年の東日本大震災からでした。私にとっては、東日本大震災によって、生活はもちろんのこと、心理臨床、そして、研究が東北の外の世界と切り離されてしまったように感じられました。その後、生活も心理臨床も研究も、東北の外の世界と再び繋がることができました。しかし、私の中ではその時の「ズレ」が埋められないような感じが今もあります。自分が東北の外の世界から何か遅れているような、ズレているような、そして、東北の外の世界に居場所がないような感じが今もあります。
今回、奨励賞授与という形で、私が「ズレ」を感じながら行ってきた心理臨床、研究に光を当てていただきました。私の中で「遅れている」という体験となっていた「ズレ」の感覚が揺さぶられました。奨励賞をいただけたことで、私は「ズレ」の意義を改めて問い直す機会をいただけたように感じています。今思うと、私が感じている「ズレ」は、東日本大震災によってよりはっきしたものになったものの、もともとも私の中にあったのだろうと思います。東北という地方で心理臨床、研究を行うことの苦悩がその根底にあったのだろうと思います。東日本大震災の体験、そして、地方で心理臨床、研究を行うという体験、それらは「遅れている−進んでいる」という一元的な価値に還元されるような体験ではなく、そこからさまざまな価値が生まれうるような厚みのある体験なのだろうと今は感じています。今回の受賞を励みに、私の中に今も続いている「ズレ」の感覚、東日本大震災の体験、地方で心理臨床、研究を行うという体験を今まで以上に大切に抱えながら、今後も心理臨床、そして、研究に邁進していきたいと思います。
最後になりましたが、これまでご指導くださいました統合的心理療法研究所の平木典子先生、宮城野心理臨床センターの島村三重子先生に心より感謝申し上げます。そのほか、多くのことを学ぶ機会をくださったクライエントのみなさま、事例検討会などでご指導くださいました先生方、そして、今でも心理臨床家、研究者としての私の核となっている共同研究をともにすすめてくださいました東北大学大学院教育学研究科のみなさまに感謝申し上げます。本当にありがとうございました。

平成30年度 第28回 奨励賞

岡村 裕美子 氏
平成30年度奨励賞を受賞して

この度は、日本心理臨床学会奨励賞を授与いただき、誠にありがとうございます。
心理臨床について多くのことを教え、鍛えて下さったクライエントの皆さま、職場スタッフの方々、共に学びながら臨床の道を歩む仲間の皆さま、そして今日まで未熟な私を支え、導いてくださいました先生方に、こころより感謝申し上げます。
この度、このような大きな賞をいただきましたことは、これまでアカデミックな世界に縁遠かった私にとりまして全く思いもよらない出来事であり、戸惑いのほうが大きいというのが正直なところです。ただ今回、日頃スポットライトの当たることの少ない、精神科病院臨床における地道な支援の取り組みに目を留めていただいたこと、またこの度の受賞を周囲の心理士の方々がとても喜んでくださったことは、私にとって大変嬉しい出来事となりました。そのような意味でこの賞は、重篤な精神疾患を抱えたクライエントの方々への援助に日々悪戦苦闘しながら携わる、多くの現場の心理士の皆さんの代表としていただいたようにも感じられ、改めて気持ちが引き締まる思いでおります。
長年勤務してきました医療、教育現場での臨床実践におきましても、日々悩みや迷いは尽きませんが、なかでも研究活動に関しましては、まだまだ暗中模索のなかにあり、本当にスタートラインに立ったばかりと痛感しております。この度の受賞を励みに、臨床での個人的経験を少しずつ丁寧に実践の知へと修練し、育てていただいたクライエントの皆さまに少しでもご恩返しができますよう、こつこつと研鑽を続けて参りたいと思います。この度は、本当にありがとうございました。


清水 亜紀子 氏
平成30年度奨励賞を受賞して

この度は,日本心理臨床学会奨励賞という身に余る賞をいただき,畏れ多くありながらも,大変嬉しく思っております。
今回,受賞のご連絡をいただいた際,二つの思いが私の中から湧き上がってきました。
一つは,一度は大学教員として就職したものの,一念発起して臨床現場に身を投じてみようと
思った自分自身の覚悟は間違っていなかったのだろうという思いです。大学教員時代は,教鞭を取りながらも,どこか自分自身の臨床家としての土台の不安定さを感じておりました。そうした自らの自信の無さもあり,臨床現場にどっぷりとつかる体験を求めて,総合病院という現在の職場に入職するに至りました。そして,現在の臨床実践の中心が,緩和ケアを主とした身体科領域,小児科領域であることを考えると,この度の受賞対象論文(心理療法を通して,癌を生きる体験世界,母親として生きる体験世界に私が初めて触れた事例研究)は,まさに自らの臨床の原点とも言える体験の詰まった論文であり,それらを評価いただいたことが非常に感慨深く思われました。
もう一つは,まだまだ未熟ではありますが,臨床家としての私をここまで鍛え上げて下さったクライエントの皆さまに対する畏敬の念と感謝の思いです。緩和ケアを中心に活動しているため,この約5年半の間に,多くの方々があの世へと旅立っていく過程に寄り添わせていただいてきました。そうした方々に想いを馳せると,今回の奨励賞は,あの世から,「この世での修業がまだまだ足りんぞ!!」と叱咤激励されているようにも感じられ,改めて気持ちの引き締まる思いを抱きました。
臨床現場に身を置きながら研究を続けることは,能力のない私にとってはとてつもなく大変な作業でした。しかし,その一方で,終末期臨床という厳しい世界を私が生き抜くためには,心理療法について言語化することが必要不可欠な営みでもあったと感じております。自己愛的と言われても仕方のないことですが,地を這うような思いをしながら,忙しさのあまりに大切な何かが流されていきそうになる中,言葉にすることで,何とか楔を打ち,自分自身がやってることの意味を必死に求めてきたように思います。そして,奢った言い方になるかもしれなせんが,事例研究という形であの世に旅立たれた方々との心理療法について言葉にすることが,その方々がこの世に“生きた証”になるのだと信じてきました。
クライエントの皆さまだけでなく,私はこれまで本当にたくさんの方々と出会い,支えていただいてきました。学部生の頃より,長らくご指導いただいています岡田康伸先生,藤原勝紀先生,山中康裕先生,大山泰宏先生,大学院時よりご指導いただいています皆藤章先生,伊藤良子先生,河合俊雄先生,桑原知子先生,角野善宏先生,松木邦裕先生,田中康裕先生,高橋靖恵先生。樋口和彦先生,川戸圓先生をはじめ,臨床の基礎から指導して下さったスーパーバイザーの先生方。折に触れて気にかけて下さっている成田善弘先生,岩宮恵子先生,岸本寛史先生。心理臨床学会をはじめ,様々な学会での研究発表,論文投稿を通して,非常に有益なご示唆をいただいた指定討論者・査読者の先生方。京都文教大学,こどもパトナカウンセリングセンターなど,これまで働いてきた多くの職場において,様々なことを教えて下さった先生方。外科医でありながらも,非常に深い次元で心理臨床についてご理解いただいている山本栄司先生をはじめ,現在の職場の皆さま。諸先輩方や後輩,実習指導の学生の皆さま。そして,互いに切磋琢磨してきた大学院同期の仲間,いつもそばにいてくれる家族。この場では到底書き尽くすことのできない多くの方々の支えがあったからこそ,今も私は日々の臨床に励むことが出来るのだと改めて実感しております。お一人お一人の方々の慈愛に,この場を借りて,こころからの感謝を申し上げます。
死を前にした極限の中でも,いやむしろ,そうした極限の中でこそクライエントの方々はそれぞれの個性を発揮されるように感じております。ただ,それは,終末期のクライエントの方々に限ったことではなく,私を含めた全ての人が持っている心理的課題であると思われます。まだまだ未熟で,失敗も多い人間ではありますが,今後も,人がいかに生きいかに死んでいくか,そこに寄り添っていける臨床力を日々磨いていきたいと思っております。今後とも,皆さまの厳しいご指導とご鞭撻のほどを,何卒よろしくお願いいたします。

平成29年度 第27回 奨励賞

上田 琢哉 氏
2017年度奨励賞を受賞して

このたびは日本心理臨床学会奨励賞をいただきまして、大変光栄に存じます。ご指導いただいた先生方、知的な刺激を与えてくれる友人たち、何より多くのクライエントの方々に心より感謝申し上げます。
今回の受賞を一番喜んでくれたのは下の娘で、それまで父親が一体何の仕事をしているのかさっぱりわからなかったみたいですが、「少なくとも何か仕事はしているようだ」、「運動会みたいなものでメダルをもらったようだ」と、娘なりに少し安心したみたいでした。
私が本賞をいただくきっかけになったものは、「見る」と「眺める」という枠組みで意識のあり方を考察したいくつかの事例論文だと思います。意識とは何か、という問題は心理療法の本質にかかわるものでありましょう。同時に、海の果てにあるという伝説の島みたいなもので、気の遠くなるようなテーマでもあります。私の論文は、そのテーマに向かって、遠回りしながら、なんとか自分なりに近づくルートを発見したという程度ですが、少しでもこの分野のお役に立てば幸いです。
私は、現在の大学に勤務するまで、教育相談の領域で働くごく普通の一人のカウンセラーでした。ただ大学時代の恩師が、「君は臨床の現場に出ても研究だけは続けなさい」と言ってくださっていたおかげで、細々と研究を続けてきたようなところがあります。私の研究のスタイルは、ただ心理面接をし、そのうち自分にとって大事だと思うことがあれば時間をかけて事例論文を書くということを繰り返してきただけのシンプルなものです。テーマや書き振りは決して多くの人に好まれるようなものではなく、むしろ好き嫌いが分かれるところがあるようにも自覚しています。ただ、そのような拙い論文を、自分と直接面識のない先生方がどこかで読んで評価してくださっていたということが、賞をいただいたこと以上に、何よりうれしい気持ちがします。そのことはもちろん私自身のこれからの励みになりますし、きっと心理療法という営みに真摯にかかわっている若い人たちの励みにもなるのではないかと思います。そのようなことについて、ここでもあらためてお礼と感謝をあらわしたいと思います。本当にありがとうございました。

平成28年度 第26回 奨励賞

中村 美奈子 氏
平成28年度奨励賞を受賞して

この度は,日本心理臨床学会奨励賞を授与いただき,心から感謝申し上げます。これまでさまざまな生き方を共に模索させてくださったクライエントの皆様の力強さ,新しい復職支援を共に実践する同僚やご指導くださった先生方の支えの大きさを,あらためて実感しております。
復職支援は,精神疾患により休職している労働者への新たなサービスとして,10年余りの間に大きな成果を上げてきました。現在では多様な働き方や生き方へのニーズが高まるなか,休職者が休職という人生の転換点を主体的に乗り越えて,自分らしい働き方や,働くことを通した自己実現を目指すための復職支援と,その支援技法が求められています。
具体的には,疾病を含む生活のセルフマネジメントへの支援や,休職者の個別性に応じた臨床心理学的支援は不可欠です。また,働くことはひとりではできません。休職者に求められる業務遂行能力への支援とともに,休職者と復職先企業との関係性や,社会的存在として働くことの意味を考察することで,労働をとおした主体的生活の回復を目指します。つまり Bio-Psycho-Social-Vocationalの4つの側面から休職者をとらえる,全人的復職支援が重要だと考えます。
復職支援の新たな展開について,産業臨床に携わる,あるいは興味をおもちの皆様とともに理解を深められれば幸いです。

平成27年度 第25回 奨励賞

上田 勝久 氏
平成27年度奨励賞を受賞して

このたびはこのような栄えある賞を授与していただき,こころより感謝申し上げます。
受賞対象となった論文は『箱庭制作の体験プロセス』と『心理療法空間を支えるもの』という二論文です。前者は箱庭体験の内実を実証的に探索した研究であり,後者は中断事例を振り返ることで「心理療法の根幹となる要素」を抽出しようと試みた論考です。共通するのは,臨床的な場もしくはプロセスにおいて生起する事柄を探求しようとしている点です。
昔から私は「それはそういうものなのだ」と周囲が普通に納得している事柄に対して,たえず首をひねっている子どもでした。なぜシンデレラのガラスの靴だけ魔法が解けずに残ったのだろうか,なぜ空気がいつもあるのだろうかと深刻に悩む子どもでした。小学校3年生時に「宇宙は広がっている」と教えられた際には,「“広がっている”ということは,宇宙の周りにはさらに“まだ宇宙になっていない空間”が存在しているのか」と考え,そのあまりの得体の知れなさにひとり勝手に震撼していました。
こうした物事を当然視できない性向は,この職に就くまでほぼ何の役にも立ちませんでした。しかし,いまではこの厄介な資質に感謝しています。現場に立ちはだかる,痛ましく,悩ましい,種々の心理的な問題に取り組むとき,「なぜ,事はそのようになっているのだろう」という問いかけが,常に支援のための最初の一歩になっているからです。
研究においてもそうです。心理療法や心理臨床的な支援が人や社会に対して一定の効果をもつ理由について,私はまだよくわかっていません。上述の二論文はこの「わからなさ」から生まれたものです。さらには「本当にこの営みは効果をもっているのだろうか」,そもそも「“効果がある”とは何を意味しているのだろうか」という疑問さえあります。もし,この心理臨床文化が何らかの理論や思考をある種の教義として信奉する文化であったならば,私などはとうに破門されていたかもしれません。
本学会にはこのような疑問やクリティカルな思索を受け入れる懐の深さがあります。精神分析家であるパトリック・ケースメント氏の著書に「サンスクリット語では,certaintyはimprisonmentを意味し,non-certaintyはfreedomを意味する」という一節がありますが,本学会にはまさにこの種の哲学が備わっています。そして,何よりも,本学会は多くの人が当然視している事柄にひっかかり,疑問を抱き,もしかするとそれゆえに苦しんでいるかもしれない個人の魂を抱える器になっているような気もします。
今後もこの貴重な学会の発展に微力ながら貢献できればと考えています。
ありがとうございました。


野村 晴夫 氏
平成27年度奨励賞を受賞して

思いがけず奨励賞を頂戴しまして,誠にありがとうございました。賞などというものとは小学校の作文以来,縁のない私に,授賞に加えて,このような御礼の機会まで設けて頂き,恐縮を通り越して,言葉もございません。
もともと,人前で話す,ましてや自分について語るのが苦手なことは,自他共に認めるところです。その苦手意識が,「自己語り」をテーマとしたいくつかの論文化を,後押ししたのだと思います。受賞対象の論文の一つは,クライエントが家族のことから語り始めて,やがて自分のことを語っていく中で,どうにも語れないことにぶつかるのですが,それはそのままに,当座の落ち着きを得るまでの流れを描写したものです。もう一つの論文は,自分の歩みを語るインタビュー調査を終えて一人になってみると,その歩みがまた違ったふうに思い返される様子をまとめたものです。
どちらの論文も,語りをテーマに始まりながら,むしろ語られないことに焦点づけられて終わっているところが,共通しています。語らないこと,語れないことの重みに目を向けるという点では,心理臨床に携わる方にとって,目新しくない論文でしょう。その程度の論文で受賞したのかとお叱りを受けそうですが,大学では動物実験しかしたことがない,ヒトには不慣れな私を,ここまで育ててくださった皆様に,深く御礼申し上げます。

平成26年度 第24回 奨励賞

吉村 隆之 氏
2014年度奨励賞を受賞して

この度は歴史ある心理臨床学会の奨励賞を頂戴し,誠にありがとうございました。
当初,受賞のお知らせを拝見した時は一瞬何のことなのかわからない状態に陥りましたが,その後お知らせの中身が理解できていくのと同時にありがたい気持ちが湧いて参りました。賞を頂戴したことで私自身が何か変わった訳ではありませんが,とても大きな励ましをいただき,大変ありがたいことと感謝しております。
受賞対象となった二本の論文は,私がスクールカウンセラー(以下,SC)をしながら感じていた,「SCが学校で良い仕事をするには,どのように学校へ入って活動を作っていくと良いのか」という“学校への入り方”に関する問題意識が元にあります。
日本で公立中学校の一部にSCが初めて配置されたのは1995年で,私がSCとして初めて勤務したのは2001年でした。SCが配置される学校が増え始め,学校臨床に関する論文や書籍も徐々に増えている頃でした。自分なりにこうした論文や本は勉強したつもりでしたが,それでも学校によって求められることはかなり異なり,時には求められていないように感じることもあり,学校へどのように入って活動を形作っていくと良いのか迷いがありました。学校では,これまでのSCの実践に対して好意的な意見を聴く一方で,それ以上にネガティブな意見も多く聞きました。こうした経験を重ねるうちに,次第に学校現場で「何を」するのかよりも,それを学校の先生方と関係を作りながら「どのように」行うのかの方が,私としては気になるようになりました。そうした感覚を出発点として,次第にカウンセリングやコンサルテーションといった支援そのものではなく,支援を行うための足場や土台,環境をどう作るかに焦点をあてた研究をしたいと思うようになりました。
そこでSCを続けながら社会人大学院生として大学院へ入り,研究させていただいたことが二本の論文や博士論文へとつながりました。その過程では,指導教官である田嶌誠一先生をはじめ学内外多くの皆様の辛抱強いご指導とご支援をいただきました。とても私一人の力では論文をまとめることはできませんでした。
言葉ですべては表現できませんが,あらためてここに感謝申し上げます。
今回の奨励賞で励ましていただいた研究は私自身の土台となり,今は学校の学級の荒れ,暴力,いじめといった問題に取り組んでおります。これまでの多くの皆様へのご恩を忘れずに,それを学校や地域で暮らす子ども達へ順送りしていけるよう,これからも実践と研究へと取り組んで参りたいと思います。

平成25年度 第23回 奨励賞

古賀 聡 氏
平成25年度奨励賞を受賞して

この度は、日本心理臨床学会奨励賞を頂きまして大変光栄に存じます。
これまでご指導頂きました九州大学の先生方、病院スタッフの皆様に深く感謝致します。心理劇で出会った患者さん方、事例研究としての発表を了承してくださった方々に感謝致します。
針塚進先生には学部生の頃からご指導頂きました。臨床心理学を学ぶきっかけを作って頂いたのも先生ですし、その後も心理劇実践のご指導、論文作成に関するご指導を頂きました。受賞講演でも話させて頂いたように、私は学生の頃、心理劇に強い抵抗がありました。心理劇の授業はできるだけ先生の目にとまらないように隠れ続け、ワークショップでは非常階段から逃げ出したこともありました。さらに研究活動にも自信がもてず迷い続ける私でしたが、先生はいつも笑顔で、大きな声で「いいとて、大丈夫」と励ましてくださいました。
また、このような弟弟子を遠く沖縄から励まし続けて下さったのが、講演で司会をお引き受け頂いた古川卓先生でした。課題から逃げてばかりの私を見守り、励まし、ご指導頂きました針塚先生、古川先生に深く感謝申し上げます。
そして、西日本心理劇学会の先生方にも御礼申し上げます。少し「おとな」になり心理劇に向き合い始めた私の自己表現の場が西日本心理劇学会でした。博士課程の頃から、毎年、研究発表をさせて頂きました。私のささやかな気づきや疑問でも、先生方は真剣に議論して頂きました。西日本心理劇学会での研究発表、論文投稿を通して心理劇に対する理解を深め、今回の受賞の対象になった論文の作成へと展開しました。西日本心理劇学会や日本心理臨床学会の学会誌に投稿して非常に大切な示唆を頂き、励まされ、自分の世界を創ることができたと思っています。
私は、昨年度、非常勤時代から含めると14年間勤務した病院を辞め、母校九州大学の教員となりました。これからも、これまで導いてくださった先生や先輩方から受けたご恩に報いるべく、後輩たちの指導に取り組みながら、私自身も心理臨床の道に精進して参るつもりです。どうぞよろしくお願い申し上げます。


東畑 開人 氏
平成25年度奨励賞を受賞して

このたびは栄誉ある奨励賞を授与いただきましたことに、心より感謝いたします。
大学院を卒業して、私はフルタイムの臨床職として働くことになりました。一度、どっぷりと臨床に身をうずめることが自分には必要だと感じていたからです。その理由は二つありました。
ひとつは、臨床で生計を立てるという緊張感の中で、「普通に役に立てる臨床家」になりたいと思っていたことです。それは私にとっては、この学問を選んだことの責任でした。
もうひとつの理由は、この風土や文化の中で生じる雑多な臨床の現実を、心理学することにしか、「心理臨床学」のオリジナリティとクリエイティビティはないのではないか、と少々気負って考えていたことにあります。ですから、私にとって真摯に研究を行うためには、臨床の中に住まうことが必要でした。
いずれにしても、そのような気持で沖縄に飛び、ここ数年、日中はクライエントとお会いし、早朝に論文を書く生活を続けてきました。「心理療法とは一体何だろうか、臨床的に、そして社会文化的に」ということを考え続けています。しかし、当然、何事も目論見通りにはことは運びません。臨床も研究もなんて果てしない道なのだろう、自分はどこかで大きな勘違いをしているのではないか、と途方に暮れていた頃に今回の奨励賞のお知らせをいただきました。ですから、奨励賞は私にとっては字義通り「励まし」となるものでした。
単純な私が少し浮かれて、恩師に御報告申し上げたところ、「これから頑張れということやで」と戒めと激励の言葉を頂きました。その言葉を胸に、これからも自分なりの臨床と研究に取り組んでいこうと思っています。そういうことを通じて、私に多くのものを与え続けてくれている心理臨床学に、少しでも恩返しすることが出来ればと思っています。
末尾となりましたが、多忙な中授賞式の司会をお引き受けくださり、日々ご指導いただいている皆藤章先生をはじめ、山中康裕先生、岡田康伸先生、藤原勝紀先生、松木邦裕先生、片本恵利先生、多くの先生方から受けた大きな学恩と、私に多くをお教えくださったクライエントの方々に深く感謝いたします。

平成24年度 第22回 奨励賞

青木 佐奈枝 氏 (筑波大学)
平成24年度学会奨励賞を受賞して

学会奨励賞受賞のご連絡をいただいたのは春先で、あるケースの件で悩み、自分の至らなさを痛感していた時期でしたので、受賞をありがたいと思いつつも、とても手放しでは喜べずに困惑し、複雑な気持ちで受け止めました。そして、受賞講演をさせていただいたのは夏の終わりで、今度は別のケースに悩み、また、後進の指導で迷いもあった時期でした。受賞講演前の控室で師匠と溜息交じりに会話をしつつ、しみじみお茶を飲んだ記憶があります。それでも講演時は大勢の先生方に集まっていただき、そのお気持ちの暖かさにとても勇気づけられました。講演後に少し前向きな気持ちになれたのを覚えています。ありがとうございました。そして、この原稿を書いている今春は、またしても別のケースについて悩み、仕事全般にも頭を抱えている時期でもあります。
こうして考えてみると私はいつも悩んでいるなと思いました。元々、職人家系に育ち「これでいいと思った瞬間に後退が始まる」「悩まぬところに前進はなし」の空気の中で育ちましたので、悩むということは馴染みあるものではありました。ただ、人並み外れて不器用でしたので家訓はともかく悩まないことには本当に先に進めないということもありました。しかし、若い時分は歳を重ねたら少しは楽に悩めるようになるのであろうと甘い幻想を抱いておりました。…が、そういうわけでもないらしいことがわかる歳になりました。
そのような悩んでばかりの臨床活動の中から生まれた拙い論文に、今回、目に留めて下さった方がおられることを大変ありがたく思います。ご褒美をいただいたような気分になり励みになりました。その一方、ここで甘えずに、今後とも丁寧に仕事をしていこうと気持ちを引き締めるきっかけにもなりました。どうもありがとうございました。
最後に、ここまで私を育てて下さったすべてのクライエント、支えて下さった諸先生方はじめ周囲の大勢の方々に心より感謝いたします。ありがとうございました。今後とも精進致します。

平成22年度 第20回 奨励賞

壁屋 康洋 氏

奨励賞を頂いて

壁屋 康洋 氏

 このたびは平成22年度心理臨床学会奨励賞を頂き、誠にありがとうございます。
 このような賞を頂けるとは全く思いもよらないことで、受賞の通知を頂いた時は何かの間違いではないかと思いました。私自身、受賞の対象となった論文がそれほど優れたものとは思っていませんでしたので、実際に会員集会の場で賞を頂くに至り、学会として医療観察法医療における心理臨床に対してスポットライトを当てようという意図を持たれたのではないかと推測しました。そうだとしてもそれは非常に喜ばしいことです。医療観察法医療における臨床は、加害者に対する強制医療の中で行われるものであり、新しい分野であるとともに、これまでの心理臨床学のメインストリームとは異なる特殊性をもつものと思って私はこれまでの発表を行ってきました。それは同じ領域で臨床に取り組む仲間と情報を共有するためでもあり、また他の領域の先生方に対して私達の領域を伝えるためでもありました。医療観察法医療の現場で働く臨床心理士は170名を超えておりますので、それほど少ない人数ではないのですが、私の奨励賞受賞を機に多くの学会員からこの領域がより注目して頂けるようになれば幸いです。
 このように、私は自分の論文に対する受賞というよりも医療観察法医療における心理臨床へのスポットライトとして今回の受賞をとらえていますので、同じ領域で働く仲間を代表して頂いたものと思います。それは心理臨床学会で自主シンポジウムを毎年企画されてきた高橋昇先生をはじめとして、共同研究にご協力くださっている医療観察法病棟の臨床心理士の方々、また少ない人員配置の中で通院医療に取り組まれている方々のおかげでもあります。心から感謝申し上げます。

平成21年度 第19回 奨励賞

佐々木 玲仁 氏

奨励賞をいただいて

 この度は平成21年度学会奨励賞をいただき、大変光栄に存じます。誠にありがとうございました。
  受賞の対象になった2本の論文は、いずれも大変地味なものであったと思います。1本目の「風景構成法研究の方法論について」は、風景構成法がテーマになりながら論文中に1枚の描画も載っておらず、ただただ方法論について論じているものですし、2本目の「風景構成法に顕れる描き手の内的なテーマ」は風景構成法の臨床場面でないところで施行し、かつただ1人分の描き手のデータだけを用いて論じているものです。どちらの論文も自分なりに工夫を重ねたものですし、一定の到達点にはたどり着いているという自負が全く無かったわけではありませんが、いずれにしてもこのような形で表に出るという種類のものではないと考えていました。正直なところ、実際に授賞式で賞をいただくまでは半信半疑といったところでした。このような、ひっそりと埋もれてもおかしくない論文に光を当てていただいたことに、本当に感謝いたします。
  これらの論文につながる研究は、もちろん自分一人の力で作り上げたものではありません。厳しく、また親身にご指導いただいた山中康裕先生、桑原知子先生、皆藤章先生、角野善宏先生、調査立案から執筆に至る各段階でディスカッションしてくれた多くの人たち、そして何より調査にご参加いただいた協力者のみなさんに心から感謝申し上げます。
  「奨励賞」というものは何かしらの到達を示すというよりも、これから発展していくことを奨励していただいている賞だと思われます。これからも臨床実践の場で有効で、かつ方法論的に洗練されている研究を目指して妥協することなく研究を続けていきたいと思っております。今回はありがとうございました。


仲 淳 氏

奨励賞を授与していただいて

このたび奨励賞を授与していただき、とてもありがたく、また畏れ多く思っております。
最初はにわかに信じ難く、通知の中の「奨励賞」の文字を目にしたときには、一般会員として奨励賞候補の方を推挙する係のようなものに当たったのかと思ったくらいでした。
  自分のことだとわかったときに喜びの気持ちとともに胸の奥からこみ上げてきたのは、暑い日や寒い日にも休まず面接に通ってきてくださったクライエントのみなさんに対する畏敬の念と感謝の思いでした。深い苦悩や耐えがたい痛みを抱えながらも何とか生きていこうとされるクライエントさんお一人お一人がいらっしゃったからこそ、一介のカウンセラーとしての今の自分がいるのだと、恥ずかしいことながら今回初めて少しからだで自覚することができたような気がしています。
  振り返ってみれば、私はこれまで本当にたくさんの人に支えていただいてきました。
学部生のころより長らくご指導いただいています岡田康伸先生、山中康裕先生、齋藤久美子先生、伊藤良子先生、河合俊雄先生、大山泰宏先生。大学院時よりご教示いただいています東山紘久先生、藤原勝紀先生、桑原知子先生、秋田巌先生、皆藤章先生、角野善宏先生。学会発表に際して座長をお引き受けいただきました川戸圓先生。現在天理大学にてご指南いただいています先生方。諸先輩方や後輩のみなさん。こどもパトナカウンセリングセンターのみなさん。そしてお互いに励まし合ってきた大学院の同期の仲間といつもそばにいてくれている家族と両親。ここには到底書き尽くすことのできないもっともっとたくさんの方々に、何度も何度も折に触れて助けていただいてきたからこそ、今の私があるのだと思います。お一人お一人のご厚意に、心から感謝したいです。
私はまだまだ視野が狭く、失敗も多い人間なのですが、これからは人の心に携わる者としての自覚と責任をより強く持って、少しずつでも社会に貢献してゆければと思っております。また今後とも皆様の厳しいご指導とご鞭撻のほどを、どうぞ宜しくお願いいたします。このたびは本当にどうもありがとうございました。

平成20年度 第18回 奨励賞

大前 玲子 氏

奨励賞を受賞して

大前 玲子 氏

 この度は、学会奨励賞をいただきまして大変光栄に存じます。これも、私に関わってくださった皆様のおかげと感謝しています。
  1980年10月、私は東京・八王子での「心理臨床家のつどい」に参加し、その後、「日本心理臨床学会」となった本学会より1982年6月1日に正会員として承認されました。その学会から思いもかけず、このような大きな賞をいただけるなんて感無量です。八王子では大学セミナー・ハウスに全員が泊まりこみ、これから「臨床心理学の学会を新しく創っていこう!」という先生・先輩方の熱気がむんむんしている中で、当時まだ駆け出しだった私はワクワクしながら事例の検討会に参加していたことを思い出します。
  私は、大学を卒業後、子どもの心理臨床がしたくて大阪府下の公立教育研究所で、11年あまり、教育相談係として幼児期から青年期のクライエントとその両親に対して、心理臨床の実践に当たって参りました。心理療法の技法として、ロジャーズのクライエント中心療法とユングの分析心理学をベースに、箱庭療法や描画療法を取り入れていました。その後、転勤により公立小学校に教員として勤務することになりましたが、1989年臨床心理士の資格を取り、小学校現場では心理療法の視点を取り入れた学級作りをテーマに教育実践をしていました。その間、派遣された大学院では、認知療法を研究テーマとしました。2003年、大学院博士後期課程に進学し、今まで実践してきた箱庭療法などのイメージ表現と認知療法の統合についてをテーマとしました。志向の違う心理療法の統合という難しいテーマでしたので、何度もくじけそうになりましたが、今回受賞対象になった2論文がもとになり、博士論文を書き、学位を取得することができました。これも、心理臨床学会誌に投稿する際に非常に有益な示唆をいただき、大いに励まされ、論文を書くことができたからといっても過言ではないと思います。これからも、これまで導いてくださった先生・先輩方から受けたご恩に報いるべく、心理臨床の道に精進して参るつもりです。どうぞよろしくお願い申し上げます。


土屋 明日香 氏

奨励賞を受賞して

土屋 明日香 氏

 臨床心理学研究を志す者にとって憧れである奨励賞に、まさか私が選ばれるとは思いもせず、ただただ驚き、感謝いたしております。
  私は、「関係性」をテーマに研究しています。受賞対象となりました最初の論文では、情動が、他者の身体と呼応しあう関係の只中から浮かび上がる現象を捉え、「照らしあい」という新しい概念を提示しました。次の論文では、他者理解が、自分の身体で他者の在り様をなぞり、かつずれていくという両義的な営みによって進むことを示し、「なぞり」と「ずれ」による他者理解の様相を明らかにしました。これらの研究を通して、Descartes以来続く、個人の内に「閉じた」独我論的な「心」観を越え、身体性に根ざした「関係としての心」という新しい観点と、それに基づく心理援助の可能性を模索してまいりましたが、その成果を評価していただき、深く感謝申し上げます。
  このような栄誉ある賞をいただくことができましたのは、多くの先生方からのご指導の賜物です。近藤邦夫先生、保原三代子先生、田中千穂子先生、下山晴彦先生、亀口憲治先生をはじめ東京大学心理教育相談室の先生方には実践の基礎をご指導いただきました。また大場登先生、濱田華子先生をはじめ山王教育研究所の先生方、R. Bosnak先生、菅野信夫先生、神田橋條治先生には現場での援助の実際を学ばせていただきました。浜田寿美男先生、森岡正芳先生をはじめ奈良女子大学大学院人間文化研究科の先生方、また東京大学大学院教育学研究科の先生方からは、研究について学際的なお立場からご指導いただきました。さらに学会発表の際、座長をお務めくださいました渡辺雄三先生、上田裕美先生、また匿名の査読者の先生方からも貴重なご意見をいただきました。
  このように考えますと、実践も研究も私個人の力ではなく、「関係性」の網の目の中でようやく形になったものと実感いたします。この受賞を契機とし、今後も実践、研究に励んでいく所存です。ありがとうございます。

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